2020年02月08日
人となり
椿も春の日差しをうけて、どことなく嬉しそうです。
また来てしまいましたよ


黄檗宗のお寺 【興福寺】 には、イベントが行われるたびに
その設えが気になって、自然と足が向いてしまうんですよね(笑)

行ったのは節分の翌日、立春大吉!!
午前中だったのですが、ちょうど昨夜に行われた鬼火の後片付けを
業者の方がされているところでした


3年前だったか、節分祭に参加した折に頂いた「中華風熱々フルーツ葛湯」が
懐かしいですね



毎年だと今頃の時期は、中国からの観光客で賑わっているところですが。。。
さすがに閑散としていますね・・・。
とか言いつつも、落ち着いて撮れるので拝観料を支払ってでも来る価値は
です。
本堂の大雄宝殿(国重要文化財)の屋根に乗っかっている、瓢箪の形をしたモノは
火事除けのためのアイテム・・・でしょうかね
?

日本建築は木造のため、古くから火事を何よりも恐れていたワケで。。。
そういった理由からも、火を避けるといった意味から水を連想させるモノを
屋根の上には、飾っていることが多いそうですが・・・
瓢箪なのは黄檗宗だからなんでしょうかね・・・気になります



雄大な朱色の山門により「あか寺」と呼ばれるようになっただけあって
最初に見た時に感じたような、赤に対する違和感もおてきちの中では消え去り
むしろ長崎市内でも、来るたびに手入れの範囲が広がっていて見えない場所にまで
かなり行き届いて来ているなぁ~と密かに感じている次第です



それこそ毎年、必ず目新しい飾り付けが何かしらしてあるんですよねぇ~
ヤマアジサイが展示されている時も、楽しみに来るのですが
やはり種類も少しずつ増えていたりして、期待を裏切らないあたりも
住職の魅力のひとつなんだと、人となりのセンスが気に入っています



このオレンジ色の小さな実は・・・いったい何の実でしょうかね


キンカンにしては小さ過ぎるし・・・かといって、食べられる実なのかな???
まるで仁丹サイズですな(笑)

日本で最初の黄檗禅宗の唐寺、興福寺は、開祖隠元(いんげん)禅師が中国より
初めて日本に渡海され、住持した宝地である。と記されています

江戸時代の長崎は、貿易都市として外交、行政、通商など直接に担当して
実力があったのは地元、長崎人だったワケですが。。。

この中にあって、外交官的役割を担って活躍したのは、唐通事、阿蘭陀通詞と
呼ばれる人々で、興福寺の有力檀家衆の家系からも高名な唐通事が輩出し
代々興福寺を支えたと伝えられているそうです

唐僧の渡来は、1700年代中頃にはなくなり・・・
その後、10代目より日本人が住職を務めて、今日32代・住職に至っているそうです



これだけ色んなアイテムがあると、飾り付けに悩むけど楽しいでしょうね!!
大黒さんもいらっしゃるし・・・媽祖さまもご立派!!
こうやって色んな赤色を同時に見ているけど、やはり同じ赤色ってないんだなぁ・・・と
改めて色彩の持つ不思議な魅力も知るのでした



また来てしまいましたよ



黄檗宗のお寺 【興福寺】 には、イベントが行われるたびに
その設えが気になって、自然と足が向いてしまうんですよね(笑)
行ったのは節分の翌日、立春大吉!!
午前中だったのですが、ちょうど昨夜に行われた鬼火の後片付けを
業者の方がされているところでした



3年前だったか、節分祭に参加した折に頂いた「中華風熱々フルーツ葛湯」が
懐かしいですね



毎年だと今頃の時期は、中国からの観光客で賑わっているところですが。。。
さすがに閑散としていますね・・・。
とか言いつつも、落ち着いて撮れるので拝観料を支払ってでも来る価値は


本堂の大雄宝殿(国重要文化財)の屋根に乗っかっている、瓢箪の形をしたモノは
火事除けのためのアイテム・・・でしょうかね


日本建築は木造のため、古くから火事を何よりも恐れていたワケで。。。
そういった理由からも、火を避けるといった意味から水を連想させるモノを
屋根の上には、飾っていることが多いそうですが・・・
瓢箪なのは黄檗宗だからなんでしょうかね・・・気になります



雄大な朱色の山門により「あか寺」と呼ばれるようになっただけあって
最初に見た時に感じたような、赤に対する違和感もおてきちの中では消え去り
むしろ長崎市内でも、来るたびに手入れの範囲が広がっていて見えない場所にまで
かなり行き届いて来ているなぁ~と密かに感じている次第です



それこそ毎年、必ず目新しい飾り付けが何かしらしてあるんですよねぇ~

ヤマアジサイが展示されている時も、楽しみに来るのですが
やはり種類も少しずつ増えていたりして、期待を裏切らないあたりも
住職の魅力のひとつなんだと、人となりのセンスが気に入っています



このオレンジ色の小さな実は・・・いったい何の実でしょうかね



キンカンにしては小さ過ぎるし・・・かといって、食べられる実なのかな???
まるで仁丹サイズですな(笑)
日本で最初の黄檗禅宗の唐寺、興福寺は、開祖隠元(いんげん)禅師が中国より
初めて日本に渡海され、住持した宝地である。と記されています


江戸時代の長崎は、貿易都市として外交、行政、通商など直接に担当して
実力があったのは地元、長崎人だったワケですが。。。
この中にあって、外交官的役割を担って活躍したのは、唐通事、阿蘭陀通詞と
呼ばれる人々で、興福寺の有力檀家衆の家系からも高名な唐通事が輩出し
代々興福寺を支えたと伝えられているそうです


唐僧の渡来は、1700年代中頃にはなくなり・・・
その後、10代目より日本人が住職を務めて、今日32代・住職に至っているそうです



これだけ色んなアイテムがあると、飾り付けに悩むけど楽しいでしょうね!!
大黒さんもいらっしゃるし・・・媽祖さまもご立派!!
こうやって色んな赤色を同時に見ているけど、やはり同じ赤色ってないんだなぁ・・・と
改めて色彩の持つ不思議な魅力も知るのでした



Posted by
おてきち
at
09:47
│
Comments(
2
)
│
寺院
この記事へのコメント
瓢箪と駒、と言うから、願い事がと乙のかな。目標物に一目散・・・駒を稼勢させる・・・のかな。
Posted by
た
at
2020年02月08日 21:06
た様
そうなんですかねぇ(^-^)
忘れなかったら、いつか住職に質問してみるツモリです(笑)
そうなんですかねぇ(^-^)
忘れなかったら、いつか住職に質問してみるツモリです(笑)
Posted by
おてきち
at
2020年02月09日 09:16
