2019年10月24日

長崎の遺物

まだまだ日中は暑く感じますけど、海の傍まで来ると やはり海風というか
潮風が気持ちがいいですねOKkao_21tenki_1
そんな長崎港が見渡せる場所でもあり、目の前に広がる海のすぐ近くに
出島が見渡せる江戸町から移転した、新しい長崎県庁は建っています。

長崎の遺物

この日はその県庁1階エントランスホールにて、長崎の遺物たちが展示されていると知り
その中には、長崎市西役所跡 (旧県庁跡) から、2010年に発掘された 輸入陶磁器や
角皿の遺物もあると、前日に電話で確認済みで、しかも数日間だけの展示だったので・・・
慌ててカメラ持参でやって来たってワケですぜicon21kao_22iconN30

長崎の遺物

しかも県の埋蔵文化センターは、何と壱岐にあるために。。。
大半の発掘された貴重なお宝たちは、フェリーでもって壱岐まで運ばれているそうなんですよ!!
わざわざ船で島まで運ぶなんて・・・ちょっと信じられません。
ま、それはイイとして・・・長崎で今日はどんな遺物と出合えるのでしょうかねぇicon12kao_22icon12

長崎の遺物

江戸時代の醤油輸出用の容器、お馴染みのコンプラ瓶ですかぁ。。。
まぁまぁ・・・ 【西役所跡】 からは 2010年だと、こんなところでしょうなぁiconN37kao_2icon11
仕方ない。11月末くらいに発掘調査の一般見学会が、県庁跡地で開催されるそうですから
その時まで楽しみは、お預けと致しましょうかiconN37kao_9icon15

長崎の遺物

続いては長崎の中心街である 【万才町遺跡】 からの出土品は。。。
幕末に扱われていた、赤絵を中心とした輸出向けの陶磁器ですねyubi_2kao_7
この辺りには、町屋や商家が建ち並んでいた場所だそうですから
貿易で儲けていた豪商も多かったでしょうねiconN36kao_16iconN35iconN30

長崎の遺物

陶磁器は以上の2ケースだけでした。
他にも長崎県 松浦市の 【鷹島海底遺跡】 からは、蒙古襲来の元船が!?
鷹島南岸の海底、約5~20メートルにある 元寇関係の遺物が出土する海底遺跡の数々!!

長崎の遺物

2011年、神崎地区で行われた琉球大学の調査では、構造のわかる元寇船が確認され
その翌年、日本で初めて水中遺跡として国史跡の指定を受けた遺跡なんですね・・・。
上の写真で、1番手前にあるのは 「青磁碗」 って書いてあったと思いますiconN37kao_16icon12
色も原形も分からない感じですけど。。。おてきちには全て蛸壺にしか見えないじょicon23kao_4icon10

長崎の遺物

あと・・・高校生の手で確認されたという雲仙市 国見にある 【上篠原遺跡】 からは
古墳時代の祭祀遺跡として、高坏や壺といった土器が大量に出土しているそうです。
やはり有明海に面しているということからなのか、竪穴住居跡などが検出されているので
こういった島原半島には、良好な遺物群が出土しているんでしょうね・・・。

長崎の遺物

あと近くにいた壱岐から見えている、埋蔵文化センターの担当者が推されていたのが
壱岐市にある 【原の辻遺跡】 の 「人面石」 でした。
弥生時代後期 (今から約2000年前から1700年前) に出土した国の重要文化財らしく

長崎の遺物

弥生人の叫びとも呼ばれる この石造物は、ムンクの叫びにも似た人面石で有名ですが
展示してあったのは、さすが に レプリカだそうです(笑)
でも レプリカとは言え、精巧な造りだと思いますよぉ~!!
ま、本物を見たワケじゃないので何とも言えませんけどねicon23kao_17楽譜

長崎の遺物

ただそれよりも驚いたのは、その横にあった 「細形銅剣」 ですよ!!
これは諫早市街地にある 【諫早農業高校遺跡】 で発掘されたモノだそうですが。。。
写真では分かり辛いのですが、よく見ると持ち手部分がやけに新品状態だったので
復元ですか?と聞くと、今は発掘された出土品は 写真や実測図に基づいて
三次元計測器によって、立体的なデータで記録することが出来るそうです。
さらにそれを 3 Dプリンターによって、計測したデータを基に特殊な樹脂で
レプリカを作り出すそうですよ!!

長崎の遺物

発掘そのものは歴史を掘り下げて、過去にタイムスリップしているのに対して
実際に現在の技術としては、かなりの進化を遂げている・・・ってワケですなiconN37kao_2icon11

考えてみれば壱岐もそうだけど。。。
日本国は、大小6852もの島から成る島国ということらしいですが。。。
その日本の西端に位置する長崎県だけでも、日本最多の971の島があるんですって!!
佐世保の九十九島だって、実際にはそれ以上の数の島があるって話しですからね(笑)

長崎の遺物

朝鮮半島との間に飛び石のように浮かぶ壱岐と対馬
また東シナ海上に鎖状に連なる五島列島は、古代より日本と大陸を結ぶ 「海の道」 の
要衝でもあったワケですからね・・・

地図で見ても、朝鮮半島までの距離が近い、近い。
遣唐使たちも、五島から船に乗って唐へと渡ったワケでしょ!?
その船には、最澄や空海も乗って渡ったんですよねぇ・・・
天台宗に真言宗、そのスタート地点は長崎だったんですねicon22kao_16炎
なんだかまた故郷と長崎のツナガリを、見つけてしまったじょiconN12


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Posted by おてきち at 10:26 │ Comments( 2 ) 史跡巡り
この記事へのコメント
1つは欲しい醤油瓶。
見かけても、ほんとに本物⁉️と思ってしまいます。鑑識できない悲しさだなぁ。
ナポリの地下鉄も、掘ればなんか出てくるから、工事が大変だと言ってた。京都や奈良と同じやね。
Posted by horirinhoririn at 2019年10月24日 11:08
horirin 様
欲しいのですね(^-^)
ナポリだったら色々とお宝が眠っていそうですよね!!
今、長崎でも新幹線の工事が進んでいる中で、やはり遺跡なども発見されているみたいですが
それほど有名なモノではないのか、工事に支障をきたすほどではなさそう?(笑)
Posted by おてきちおてきち at 2019年10月25日 10:54
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