人となり

おてきち

2020年02月08日 09:47

椿も春の日差しをうけて、どことなく嬉しそうです。
また来てしまいましたよ
黄檗宗のお寺 【興福寺】 には、イベントが行われるたびに
その設えが気になって、自然と足が向いてしまうんですよね(笑)


行ったのは節分の翌日、立春大吉!!
午前中だったのですが、ちょうど昨夜に行われた鬼火の後片付けを
業者の方がされているところでした
3年前だったか、節分祭に参加した折に頂いた「中華風熱々フルーツ葛湯」が
懐かしいですね


毎年だと今頃の時期は、中国からの観光客で賑わっているところですが。。。
さすがに閑散としていますね・・・。
とか言いつつも、落ち着いて撮れるので拝観料を支払ってでも来る価値はです。
本堂の大雄宝殿(国重要文化財)の屋根に乗っかっている、瓢箪の形をしたモノは
火事除けのためのアイテム・・・でしょうかね?


日本建築は木造のため、古くから火事を何よりも恐れていたワケで。。。
そういった理由からも、火を避けるといった意味から水を連想させるモノを
屋根の上には、飾っていることが多いそうですが・・・
瓢箪なのは黄檗宗だからなんでしょうかね・・・気になります


雄大な朱色の山門により「あか寺」と呼ばれるようになっただけあって
最初に見た時に感じたような、赤に対する違和感もおてきちの中では消え去り
むしろ長崎市内でも、来るたびに手入れの範囲が広がっていて見えない場所にまで
かなり行き届いて来ているなぁ~と密かに感じている次第です


それこそ毎年、必ず目新しい飾り付けが何かしらしてあるんですよねぇ~
ヤマアジサイが展示されている時も、楽しみに来るのですが
やはり種類も少しずつ増えていたりして、期待を裏切らないあたりも
住職の魅力のひとつなんだと、人となりのセンスが気に入っています


このオレンジ色の小さな実は・・・いったい何の実でしょうかね
キンカンにしては小さ過ぎるし・・・かといって、食べられる実なのかな???
まるで仁丹サイズですな(笑)


日本で最初の黄檗禅宗の唐寺、興福寺は、開祖隠元(いんげん)禅師が中国より
初めて日本に渡海され、住持した宝地である。と記されています
江戸時代の長崎は、貿易都市として外交、行政、通商など直接に担当して
実力があったのは地元、長崎人だったワケですが。。。


この中にあって、外交官的役割を担って活躍したのは、唐通事、阿蘭陀通詞と
呼ばれる人々で、興福寺の有力檀家衆の家系からも高名な唐通事が輩出し
代々興福寺を支えたと伝えられているそうです
唐僧の渡来は、1700年代中頃にはなくなり・・・
その後、10代目より日本人が住職を務めて、今日32代・住職に至っているそうです


これだけ色んなアイテムがあると、飾り付けに悩むけど楽しいでしょうね!!
大黒さんもいらっしゃるし・・・媽祖さまもご立派!!
こうやって色んな赤色を同時に見ているけど、やはり同じ赤色ってないんだなぁ・・・と
改めて色彩の持つ不思議な魅力も知るのでした




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